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札幌地方裁判所 平成8年(ワ)2164号 判決 1998年7月16日

主文

一  被告協成建設工業株式会社は、原告甲野花子に対し、四五八二万二〇四六円及びこれに対する平成八年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告協成建設工業株式会社は、原告甲野一郎、同甲野二郎及び同甲野春子に対し、それぞれ一五二七万四〇一五円及びこれに対する平成八年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  原告ら及び被告協成建設工業株式会社に生じた訴訟費用はいずれもこれを九分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告協成建設工業株式会社の負担とし、被告札幌建設運送事業協同組合に生じた訴訟費用は全部原告らの負担とする。

五  この判決は、主文第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、各自、原告甲野花子に対し、五一七四万七六九六円及びこれに対する平成八年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告甲野一郎、同甲野二郎及び同甲野春子に対し、それぞれ一七二四万九二三二円及びこれに対する平成八年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成八年三月一〇日に死亡した甲野太郎の遺族である原告らが、甲野太郎は使用者である被告らから労働基準法に違反する過酷な労働を強いられたためうつ病状態に陥って自殺したものであり被告らに対し損害賠償請求権を有するところ、原告らはその損害賠償請求権を相続した旨主張し、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、右第一のとおりの金員の支払を請求した事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いがない事実については証拠を掲記しない)

1  当事者

(一) 被告札幌建設運送事業協同組合(以下「被告組合」という。)は、建設運送事業を行う者を組合員とする協同組合である。

(二) 被告協成建設工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、土木建築を主な業とする会社である。

(三) 甲野太郎(以下「太郎」という。)は、平成元年、被告組合と雇用契約を締結し、平成六年に被告会社に出向した者であり、平成八年三月一〇日当時、被告組合の「事業部工事担当次長」及び被告会社の「桂岡道路作業所所長」であった。

(四) 原告甲野花子は、太郎の妻、その余の原告らは、太郎と原告甲野花子の子である。

2  太郎の業務とその使用関係

(一) 太郎は、平成八年三月一〇日当時、被告会社が小樽開発建設部長から請け負った小樽市銭函の国道建設工事(以下「本件工事」という。)に従事していた。

(二) 被告組合は、出向元の組合であり、本件工事に関与していたうえ、太郎から工事経過報告などを受けているなど、太郎を指揮命令していたものであり、太郎の使用者である。

(三) 被告会社は、本件工事の事業主体であり、その社員が本件工事に従事していたうえ、太郎から工事経過報告などを受けているなど、被告組合と共に太郎を指揮命令していたものであり、太郎の使用者である。

3  被告らの安全配慮義務

被告らは、太郎の使用者として、労働災害の防止のための最低基準を守るだけではなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通して職場における労働者の安全と健康を確保する義務(労働安全衛生法三条)を負っている。

4  太郎の死亡

太郎は、平成八年三月一〇日午前九時ころ、札幌市白石区<番地略>所在の被告組合敷地内において、首吊り自殺をした。

二  主たる争点

1  太郎が自殺をした原因は、被告らが、太郎に対し、労働基準法に違反する過酷な労働を強いたことであるか

(一) 原告の主張

(1) 労働基準法違反の勤務状況

太郎は、平成七年七月から本件工事に従事していたが、人手に足りず、細かい書類作りから工事現場の把握まで実質的にすべて一人でこなさなければならなかったため、自殺するまでの約半年の間、朝六時半出勤、帰宅は夜一〇時過ぎという勤務状況が続き、泊まり込みで仕事をすることもしばしばであったうえ、休日も月に一日とれるかとれないかであった。なお、太郎の時間外労働は、被告らが認めている限りでも平成八年二月の段階で一か月九五時間にも達していた。

右勤務状況は、明らかに労働基準法が規定する労働時間、休憩、休日、年次有給休暇の規定(同法三二条ないし四一条)に違反するものである。

(2) 太郎の肉体的・精神的状態

右(1)のような勤務状態の中、太郎は平成七年末から体の不調を訴えるようになり、体重も一〇キロ以上減少し、傍目にも明らかなほどの衰弱ぶりであった。

加えて、平成七年から平成八年にかけての冬期は雪が多く、除雪体制も整わない状態で、本件工事は工期(平成八年三月二五日完成)が遅れていたため、これを心配して、亡太郎は平成八年の一月ころからうつ状態になり、同年三月五日ころには精神的にはうつ状態の極限に達し、肉体的には疲労困憊しきっている状態になった。

太郎は、同日、本件工事の発注者である北海道開発局小樽開発建設部と交渉し、本件工事の計画を変更し、残工事実施工程表(<証拠略>)に従った工事を行うことで了解を得たことから、工期の遅れについての心配がなくなり、同月八日の時点では、うつ状態の極期を脱して緩解期に入っていた。

(3) 太郎の自殺の原因

うつ病の患者は、その極期よりも緩解期において自殺する例が多いところ、太郎は、右(2)のように、平成八年三月八日ころには、うつ状態の極期を脱して緩解期に入っていたうえ、同日から九日にかけて徹夜作業を余儀なくされたことなどが引き金となって自殺念慮が強まり、自殺をしたものである。

(二) 被告の主張

(1) 太郎の勤務状態

太郎が記帳していた野帳によると、太郎の平成七年八月から平成八年三月までの勤務状況は以下のとおりである。

<1> 休日勤務

平成七年八月 休日数五日

取得休暇日数三日

同年九月 休日数七日

取得休暇日数四日

同年一〇月 休日数八日

取得休暇日数四日

同年一一月 休日数八日

取得休暇日数二・五日

同年一二月 休日数九日

取得休暇日数四日

平成八年一月 休日数一三日

取得休暇日数八日

同年二月 休日数七日

取得休暇日数二日

同年三月 休日数二日

取得休暇日数一日

合 計 休日数五九日

取得休暇日数二八・五日

(取得休暇比率四八・三パーセント)

<2> 休日勤務を除く時間外勤務

平成七年八月

〇時間(一日平均〇時間)

同年九月

四四時間(一日平均一時間四六分)

同年一〇月

四一時間(一日平均一時間三五分)

同年一一月

〇時間(一日平均〇時間)

同年一二月

五九・三〇時間(一日平均二時間二三分)

平成八年一月

四九時間(一日平均二時間四〇分)

同年二月

九五時間(一日平均三時間三一分)

同年三月

二九・二〇時間(一日平均三時間四〇分)

以上のとおり、太郎の勤務状況は、原告らが主張するような月に一回休日がとれるか否かといったものではなく、時間外勤務も多くの工事現場で見られる程度のものであり、平成八年二、三月の繁忙期においても平均して午後八時三五分ころ勤務を終えて帰宅の途についたものであって、被告らが、太郎に対し、過酷な労働を継続させたことはない。

(2) 太郎の肉体的・精神的状態

太郎は、平成四年から平成八年までの定期健康診断において、「肥満に注意」、「肝臓やや異常」との診断を受けていたものであり、仮に、原告らが主張するように、太郎の体重が一〇キロ以上減少した事実があったのであれば、それは太郎が肥満に注意して節制したことによると思われる。

太郎は、被告組合の経理課長に体調が悪い旨漏らしたところ、同人の知人が勤務している高沢胃腸科内科医院を紹介され、平成八年一月二七日ころ、同病院で診療を受けたところ、異常がない旨診断されたことから元気を取り戻しており、精神的にうつ状態になったということはあり得ない。

また、本件工事の工期は、平成八年三月二五日までであるところ、同月五日には工期に間に合うことが確実な状況になり、現実に同月二四日にその引渡を終わっているのであって、太郎の自殺は、本件工事ないしその工期とは関連がない。

(3) 太郎の自殺の原因

太郎は、右(2)のとおり精神的にうつ状態になったということはあり得ず、太郎の自殺の原因は不明であるといわざるを得ない。

2  被告らには、太郎死亡につき、安全配慮義務違反が存したか

(一) 原告の主張

被告らは、太郎が、人手不足や豪雪のため本件工事が遅れたことから労働基準法が規定する労働時間、休憩、休日、年次有給休暇の規定(同法三二条ないし四一条)に違反する過酷な労働を余儀なくされ、肉体的に疲労困憊し、精神的にうつ状態の極限に達していることを知っていたのであるから、太郎の仕事の量を減らすなどしてその労働条件を改善し、また、療養を指示するなどして太郎が自殺することを防止すべきで注意義務があったのに、これを怠り、太郎の右状態を知りながら又は過失によりこれを知らないで、依然として太郎に過酷な労働を継続させたうえ、平成八年三月八日から九日にかけて徹夜作業をさせるなどした過失により、太郎を自殺させたものであって、被告らには、太郎死亡につき、安全配慮義務違反が存する。

(二) 被告の主張

(1) 太郎の実時間外勤務時間は、前記1(二)(1)のとおりであるところ、労働基準法第三六条に関する指針(平成四年八月二八日労働省告示第七二号)に照らすと、一か月単位の延長時間の目安は四五時間(第三条別表)であり、平成八年二月の太郎の実時間外勤務時間九五時間は右指針の二倍の超過時間であり、また休日も七日中二日より休みをとっていないが、<1>北海道における国の土木工事は、予算の成立又は、補正予算に基づき発注されるもので、当該年度の下期に集中し、工期が冬期にかかるものが多く、冬期には、降雪もあるため時間外勤務により工事をすすめなければ工期内竣工が困難となる事情があること、<2>太郎は管理・監督者に準じる管理職であること、<3>太郎は、昭和四八年から北海道における土木工事現場の管理に従事していたので、その実態を熟知し、自らも多くの作業所長・現場代理人の業務に従事していたこと、<4>太郎は、平成四年から同七年までの健康診断において「肝臓にやや異常」であったが、作業所長・現場代理人の業務に支障がなかったこと、<5>太郎から被告らに対し、健康状態を理由に業務の変更を求める申し出がなかったこと、<6>東京地方裁判所平成八年三月二八日判決(判例時報一五六一号三頁)における株式会社電通の三六協定の時間外勤務時間の上限が八〇時間であること、<7>被告らは太郎に対し、一月から三月までの冬期においては、時間外勤務手当に相当する応急手当として毎月一二万円を支給していたこと等を総合すると、太郎の平日における時間外勤務、休日勤務は、社会通念上許容される範囲にあったというべきである。

(2) 右(1)のとおり、太郎の時間外勤務・休日勤務は、社会通念上許容される範囲のものであるから過剰なものではなく、更に、前記のとおり太郎は「精神的にうつ状態」にもなかったから、太郎の自殺は、本件工事ないし被告らの業務に起因するものではなく、両者の間には相当因果関係が存在しない。

3  太郎ないし原告らの損害

(一) 原告の主張

(1) 太郎の逸失利益 七〇四九万五三九三円

<1> 太郎の年収 六九〇万七二五〇円

<2> 太郎の年齢 平成八年三月一〇日当時四五歳

<3> 就労可能年数 満六七歳まで二二年間

<4> 中間利息の控除 新ホフマン係数一四・五八

<5> 生活費控除割合 三〇パーセント

<6> 計算式 六九〇万七二五〇円×一四・五八×(一-〇・三)=七〇四九万五三九三円(一円未満四捨五入。以下同じ。)

(2) 慰謝料 二六〇〇万円

(3) 弁護士費用 七〇〇万円

(4) 相続

太郎死亡により、原告甲野花子は、右(1)ないし(3)の損害金のうち二分の一に当たる五一七四万七六九六円を、その余の原告はそれぞれ六分の一に当たる各一七二四万九二三二円宛をそれぞれ相続した。

(二) 被告の主張

平成八年三月一〇日当時、太郎の年収が六九〇万七二五〇円、年齢が満四五歳であったことは認め、その余は争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(太郎が自殺をした原因は、被告らが、太郎に対し、労働基準法に違反する過酷な労働を強いたことであるか)について

1  各項中に掲記した各証拠によると、太郎の勤務状況について、次の事実を認めることができる。

(一) 太郎の経歴等

(1) 太郎は、昭和二六年二月一二日に出生し、昭和四八年三月、北海道産業短期大学建設科土木コースを卒業し、同年四月北興工業株式会社に入社し、同社を退職後平成二年四月被告組合に入社し、平成八年三月一〇日死亡当時、被告組合の事業部次長の地位にあり、同部工事課を担当していた(<証拠略>)。

太郎は、昭和五五年二月一級土木施工管理技士、同年四月指定建設業管理技術者、二級造園施工管理技士、測量士補、昭和六一年四月乙種火薬類取扱保安責任者の資格を取得した(<証拠略>)。

(2) 太郎は、身長約一七三センチメートル、体重約八一キログラム(平成四年五月以降)で肥満であり、平成四年から平成七年までの定期健康診断では「肝機能やや異常」の状態であった(<証拠略>)。

(二) 太郎の本件工事への関与

太郎は、平成七年七月一日、被告組合から被告会社に出向した。太郎は、被告会社に出向中、被告組合の関係では、被告組合に原籍を残し、休職扱いとすることとされた。

太郎は、被告組合に出向後、工事部次長となり、本件工事のための桂岡作業所長・現場代理人及び専任の主任技術者及び監理技術者となった(<証拠略>)。

(三) 本件工事の内容等

(1) 本件工事請負契約の概要は、以下のとおりである(<証拠略>)。

発注者 小樽開発建設部長

請負者 被告会社

工事名 一般国道五号線小樽市桂岡道路改良外一連工事

工期 平成七年八月一〇日から平成八年三月二五日まで

請負金額 一億五九六五万円(消費税四六五万円を含む)

(2) 本件工事の具体的内容は、小樽市桂岡の一般国道五号線を拡幅するための擁壁工事等である(<証拠・人証略>)。

(3) 本件工事のため被告会社は、タイヨウ株式会社等と下請契約を締結し、被告会社と下請会社をもって桂岡作業所を組織し、本件工事をすすめたものである。同作業所は太郎を所長、鈴木英明(タイヨウ株式会社社員。以下「鈴木副所長」という。)を副所長とし、「工程管理」、「品質管理」、「写真管理」、「出来形管理」の部門をおいた。所長である太郎は、工事全般を統括するほか「発注者打合せ」、「資材見積」を担当し、鈴木副所長は、「工事全般段取り」、「産廃関係」、「安全管理」、「資材発注」を担当した(<証拠略>)。

(4) 本件工事は、平成七年八月から準備にかかり、同年九月から工事に着工し、平成八年三月二〇日に工事を完了し、同月二五日引渡の予定であったが、電柱の移設が遅れたこと及び冬期間に豪雪に見舞われたことなどから工事が遅れたため、太郎は、同年三月五日ころ、小樽開発建設部と交渉して工事量を大幅に減らすことを合意した。その結果、本件工事は、同年三月二五日までに完成した(<証拠・人証略>)。

(四) 太郎の勤務時間等

(1) 被告会社の始業終業時間は、四月から一二月までは、午前七時から午後五時まで、一月から三月までは、午前九時から午後五時であり、休日は、日曜日、国民の祝・休日、四週間の二回の割合で指定する土曜日(原則として毎月第二、第四曜日)であった(<証拠略>)。

(2) 太郎は、本件工事が始まった当初は、午前六時三〇分ころ出勤し、午後五時ころ仕事を終え、午後六時ないし七時ころ帰宅していたが、本件工事が遅れたことなどにより徐々に帰宅時間が遅くなり、本件工事現場に泊まり込むことや休日出勤をするようになった(<人証略>)。

太郎は、本件工事が豪雪の影響を受けて遅れた平成七年一二月以後時間外勤務が急激に増加し、被告らが認めている限りでも、一日平均二時間を超え、平成八年二月及び三月には一日平均三時間三〇分を超える時間外勤務をしたほか、平成七年一二月以後、三一日の休日中一六日間休日出勤をした。

このため、太郎は、平成七年一月ころには体重が約一〇キログラム減少し、周囲の者から顔がどす黒いと言われ、同月二七日、高沢胃腸科内科医院で診断を受け、その後、同月二九日、同年二月六日、同年三月二日に同医院で診断を受けた。太郎は、その際、全身の倦怠感、体重減少及び不眠を訴え、仕事が巧く進行しないことで悩んでいる旨述べた。太郎は、同医院の診断では、特に異常所見がない旨告げられ、不眠を解消するため睡眠薬の処方を受けた(<証拠・人証略>)。

(3) 太郎は、本件工事が大幅に遅れ、工期に完了することが困難であったことや、擁壁の出来が悪いことを気に病み、その旨周囲の者に漏らすことがあり、平成七年一二月中旬ころ及び平成八年三月九日ころの二回にわたり、清野益詳に対し、「本当に首をくくらなければだめだなあ。」と述べた。また、太郎は、本件工事現場の所長として「作業打合および安全指示書」の「巡視結果」欄に注意事項を記載し、署名押印していたが、平成八年二月一九日ころからはその記載を全くしなくなった(<証拠・人証略>)。

(4) 太郎は、家族に対しては滅多に弱音を吐かなかったが、平成八年一月ころから、本件工事が工期までに完成しないなどと言うようになり、また、同年二月末ころから、「子らは皆成長しているのに俺だけが駄目だ」などと僻みっぽい言動をするようになった(原告本人)。

(5) 太郎は、平成八年三月一〇日午前九時ころ、被告組合の事務所構内で自殺をしたが、その際、「大変申し分けないと思っています。仕事をやっていて何がなんだかわからなくなってしまいました。私の管理能力のなさを痛感しています。ご迷惑かけます本当に」「その他関係各社へご迷惑をお掛けして申し分けありません」と記載された小山内弘光宛ての遺書が残されていた(<証拠・人証略>)。

(二) 右(一)で認定した事実、殊に、本件工事が豪雪等の影響で大幅に遅れ、休日出勤や時間外勤務の継続を余儀なくされたうえ、太郎が自殺する直前の平成八年三月五日ころ、工事量を大幅に減少する変更をしてようやく工期までに完成することができる状態になったこと、太郎が家族や周囲の者に対し本件工事が遅れていることを気に病む言動をしていたこと、平成七年一二月以降時間外勤務が急激に増加し、平成八年二月及び三月には一日平均三時間三〇分を超える時間外勤務をしたほか、平成七年一二月以後、三一日の休日中一六日間休日出勤をしたこと、そのため、太郎は、平成七年一月ころには体重が約一〇キログラム減少し、不眠等を訴えて医院を受診するようになったこと、小山内弘光宛の遺書に「仕事をやっていて何がなんだか分からなくなってしまいました。私の管理能力のなさを痛感しています。」「その他関係各社へご迷惑をお掛けして申し分けありません」との記載があること、太郎は、高沢胃腸科内科医院で特に異常所見がない旨告げられており、私病が原因で自殺をするとは考え難いことなどの事実を考慮すると、太郎は、本件工事の責任者として、本件工事が遅れ、本件工事を工期までに完成させるため工事量を大幅に減少せざるを得なくなったことに責任を感じ、時間外勤務が急激に増加するなどして心身とも極度に疲労したことが原因となって、発作的に自殺をしたものと認められる。

二  争点2(被告らには、太郎死亡につき、安全配慮義務違反が存したか)について

前記第二の一3のとおり、被告らは、太郎の使用者として、労働災害の防止のための最低基準を守るだけではなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通して職場における労働者の安全と健康を確保する義務(労働安全衛生法三条)を負っている。そして、被告会社は、本件工事を請け負い、本件工事遂行のため太郎を所長として本件工事現場に派遣していたのであるから、適宜本件工事現場を視察するなどして本件工事の進捗状況をチェックし、工事が遅れた場合には作業員を増加し、また、太郎の健康状態に留意するなどして、太郎が工事の遅れ等により過剰な時間外勤務や休日出勤をすることを余儀なくされ心身に変調を来し自殺をすることがないように注意すべき義務があったところ、これを怠り、本件工事が豪雪等の影響で遅れているのに何らの手当もしないで事態の収拾を太郎に任せきりにした結果、右一のとおり、太郎を自殺させたものであるから、被告会社には太郎死亡につき過失が存する。しかし、被告組合については、太郎を在籍のまま被告会社に出向させているとはいえ、休職扱いにしているうえ、本件工事を請け負ったのが被告会社であって被告組合としては本件工事の施工方法等について被告会社等を指導する余地がなかったと認められるから(<証拠・人証略>)、太郎の自殺について被告組合に責任があるとは認められない。

三  争点3(太郎ないし原告らの損害)について

1  太郎の逸失利益 六三六四万四〇九二円

(一) 太郎の年収 六九〇万七二五〇円(<証拠略>)

(二) 太郎の年齢 平成八年三月一〇日当時四五歳(<証拠略>)

(三) 就労可能年数 満六七歳まで二二年間

(四) 中間利息の控除 ライプニッツ係数一三・一六三〇

(五) 生活費控除割合 三〇パーセント(一家の支柱である。原告本人)

(六) 計算式 六九〇万七二五〇円×一三・一六三〇×(一-〇・三)=六三六四万四〇九二円

2  慰謝料 二二〇〇万円

3  弁護士費用 六〇〇万円

4  相 続

太郎死亡により、原告甲野花子は、右1ないし3の損害金合計九一六四万四〇九二円の二分の一に当たる四五八二万二〇四六円を、その余の原告はそれぞれ六分の一に当たる各一五二七万四〇一五円宛をそれぞれ相続した。

四  よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成一〇年五月一四日)

(裁判官 小林 正)

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